義母のアルツハイマーが診断されて 3年近く。GWにひと月ぶりで息子が帰ってきた。御土産のお菓子をひとつかみして、義母の部屋へ行き、話をする。「何度も同じこと言うけど、大丈夫、ちゃんと北海道で就職したの解ってたよ」「じゃ、飲みに行くから」と夕方息子は出かけた。「息子どうでした?」と聞くと、「えっ?誰も来てないし、会ってないわよ!」「太一?お大阪でしょう?」「。。。。。」
息子は義母の隣の部屋に寝泊まりしていたが、3日目ごろに、ようやく来てると認識したようだ。もっとも、昼は出かけ、夜も遅くまで飲みに行って、ゆっくりいるわけではないのだが、GWは、亭主も山に出かけて留守。でも義母は何にも聞かない。きっと、「外国にいます。」といったって「あら、そうだった?!」だろうなと思ってきた。
それでも、息子のこととなるとなんだか、寛大でいられないから自分でも面白い。
「あの、でかいのが目に入らぬか?」「土産食べただろうが」と私は、言いたい。帰りに、「おばあちゃん、今度はお盆に来るからね!」と名残惜しそうに帰って行ったが、亭主が義母に「今度いつ来るって?」と聞くと「知らない。何にも言ってなかったわよ!」「。。。。。。。。。」
私の言葉少ないGWとなった。
食事の支度が出来なくなった義母に、いかに省力化で、義母の時間に合わせて夕飯を出すか考えてきたが(デイサービスから帰ると、冷たいご飯でも、すぐにそのまま食べてしまう。電子レンジも使えない。待てないのだ)、ここ数日は状況が変わった。
満腹感がないのか、あればあるだけ食べてしまうのだ。昼前、夕飯前にパンを食べてる。はて、どうしよう。。。。
こう冷静にしてられるのも義母のことだからだろう、解っていても、もし子供のことだったら、心配で気がふさいでしまうだろうから。義理の仲の利点かも知れないと思い返す。
GWに息子が、急に北海道から帰って来ました。就職してひと月なのに、なんだか急に家が狭くなったようで、「子供は来てよし、帰って良しというところ」です。しかし、2人とも、遠くへ就職となってみると、携帯電話のうれしいこと、一斉に写メールして「かめが冬眠から覚めたぞ~」とか、「桜が咲いたぞ~」とか、本当に便利ですね。それに対する返信メールを楽しんでます。
新緑の頃、合間を見ては、庭の新緑を食べてます。亭主に頼んで、山からセリやこごみを買ってきてもらいましたが、我が家の庭でも、イタリアンパセリ、パセリ、サンショ等 おいしそうな葉っぱが取れます。これは、もはや野生化した三つ葉。おつゆにします。サンショはすりこぎ持ち出して味噌にして 筍と食べました。
花より○○でした。
ネットワーク横浜・iかながわの総会を終えて、新規一転。
皆さんのところに広報誌は届きましたか?私は、50代、年金の行く末が気になる世代です。確定していない制度改革の前に基本について報告しています。 これからも、皆さんの気になる課題をリサーチして、勉強会なども開いていきたいと思っています。
さて、橋本市長の発言が物議をかもしだしていますが、大阪の楽団を急に廃止することに怒っています。別に、知り合いがいるわけではありませんが、自治体も、芸術文化を一面で守り、支える機能は重要です。どういういきさつで、唯一の市直営の楽団ができたのか詳しくは知りませんが、かつて文化を支えてきた財閥も余力がなくなっています。今、「自分で食っていけ」ですか?
横浜市でも、楽団の在り方が問題になっていないわけではありません。地域のオーケストラの運営もどこも大変です。何らかの形で、自治体が活用し、支えていく必要があります。今、大阪では市楽団だけでなく、文化団体の間にさぞや激震が走っていることと思います。自治体が、文化の育成と財政、どう折り合いを図っていくかは課題です。
海外旅行の楽しみの一つは、そこの文化との出会いがあるからです。中国に旅行して、この国が失った文化の重さに呆然とした経験があります。政治が破壊した文化は富を得ても後からつくれるものではありません。尖閣諸島の購入にエールを送る一方、市民の憩いにはノーですか?経済至上主義、行きつくところは?
選挙は確かに、市民の選択です。けれども、文化の前にもう少し謙虚で慎重であってほしい。政治は、どんな社会を創るのか見せるものです。豊かさとは何なのか?財政難の今が問われていると思うのですが、、、とても危険を感じます。
社会保障制度とともに浮上しているのが、マイナンバー制。当面は社会保障に関するものとなっているが所得情報も入るということだ。事務の簡素化と所得隠しを防ぎたい意向がある。
しかし、本当に事務の簡素化は図れるのだろうか?前に、年金の事務上のミスがあることについて書いた。私のところにも、4日前に、自動引き落としの申込書が送られてきたかと思うと、昨日は年金の移動に伴い還付金の請求用紙が送られてくるというちぐはぐさだ。一本化では一旦、ミスがあればその情報がどこまでも走っていくのではないかと危惧される。
名前の問題もある。日本語読みはパソコンになじまない。娘のパスポートが読み方が違って入力されたために、ローマ字では全く違った名前になっていたことがある。そして、相次ぐハッカーの事故。最近は海外から組織的なアクセスもあり、いたちごっこのままだ。絶対狙われると思う。
さらには、戸籍制度との齟齬。私の年金や医療保険については、通知はすべて、世帯主に来る。番号だけが書いてあって、ちょっと見ると誰の領収書化も解らない。払っているのは私だが、違和感があり、マイナンバー制度になじまないのではないか。
ITは必要だ。今やパソコンを使えるかどうかで、その人の情報量に大きな格差が出る。事務のスピードも違う。しかし、導入の規模が大きくなればなるほど危険も増す。システムも大規模化し、変更にお金もかかる。
各種IT申請もそうだが、結局、添付書類は郵送になる。IT化にかかる膨大な予算と、変更に伴う費用。危険性を考えると、たとえば区で名寄せできないかなどなど、費用対効果のシュミレーションが必要だ。
インフルエンザがはやっている。今年は大丈夫と思っていたが、年明けから学級閉鎖も相次いでいる。実は、正月明けから私も熱を出し、1月は丸つぶれという感じだった。医者に行ってないからインフルエンザかどうかわからないし。すると「医者に行って診断をつけるべきだと」言われた。日ごろ、自然治癒を重んじる人種との付き合いが多いので気づかなかったが、世間では結核並みの扱いだ。
これだけ予防接種が奨励され、接種する人が増えているのに、毎年蔓延しているのはなぜか。医療施設や介護施設ではもちろん従業員は接種しているはずだ。しかし、のきなみ接種した人がかかっているではないか。今は凄い薬があるようで2日で治ると聞いた。
そもそも、インフルエンザワクチンが効かないということは、前橋レポートで明らかにされ、集団接種が廃止された経緯がある。あれから医療も進んだ。接種も高齢者から復活してきて投じられている税金も半端じゃない。なのに、この現状を誰もとがめない。「効かないかもしれないけど打たないでかかると非難されるから・・・」という母親の切実な声がある。
今や、インフルエンザにかかると社会的に排除される。しかし、対処療法の薬もあるなら、どうしてリスクと莫大な税金をかけて毎年接種しなければならないのか疑問だ。
学校で接種した児童の罹患率など調べて、本気で、インフルエンザ予防接種の効果に向き合うべきだ。
名古屋の河村市長は、非常に解りやすく「1%減税」を掲げている。今回、大阪の橋下氏に「減税」論を批判され、政治連携を前にこの公約の旗をいったん下すことになった。減税は無理と思っていたので、やっぱりねという思いと、旗おろしの経緯については「民意不在の政局判断」と言わざるを得ない。
国は勿論、多くの自治体が財政難にあえぐ中、減税日本は「無駄を省けば減税可能」と旗揚げをし、圧倒的支持を得てきた。しかし、最近、リコールの名簿利用問題や、議員報酬をめぐる当選議員の確執など影りが目立つ。
増税を求める市民はいない。公務員たたきと無駄探しは、今、圧倒的に支持を受け、マスコミも盛んに煽る。しかし、国の借金の現状や少子高齢社会において社会保障を維持するための負担を考えれば、消費税増税もやむなしと考えている市民は少なくない。公務員宿舎を廃止し、公務員の数を減らしただけで、はたして賄えるのか。
私は消費税増税に賛成とは言い切れない。食料品はどうするのか、少なくても生活必需品は非課税にすべきだが、日本ではそうなっていないし、その議論も煮詰まっていない。「増税論」とい言葉の独り歩きだからだ。賛成、反対の前に、根本問題の議論が必要だ。しかし、世論は○か×かが先行する。積み上げが要求されないのだ。
非常に解り良すぎて無理がある河村氏、難解のまま「大阪都構想」のキャッチを打ち出し○がついた橋下氏。 いづれにせよ、複雑社会にあって、政治に単純明快さを求め過ぎることの弊害が感じられる。
しかし、両社とも地域政党のはずだったが、昨今の動きは国政政党への転換に他ならない。
認知症介護で、切ないのは、なんといっても、介護や手助けがあだになることだ。いわれのない濡れ衣もある。これを書くことにしたのは、年末から義母の「物とられ発言が始まったことにあった」
毎日のように、バックから財布を取り出しては数える行為が始まった。最初はよくわからなかったが、そのうち、「財布がない、」お金がない、通帳がない。」と夜中に探し回っている。
すでに、印鑑も暗証番号も分からなくなって、金融機関から改印手続きの手紙が郵送されたことで、付き添って改印したばかりでもあった。100万もおろしてしまったのは知っていたが、お金をどこへやったか、わからない。「とられた、警察を」ということもあって、どうしていいかわからない息子から出先にSOSの電話をもらったりもした。
ベットの下や、たんすの引き出しのあちこちから、お金がでてくる。通帳も思わぬところから出てくる。夫が預金しなおしたのだが、今度は、すぐに「返して、年取って子供にお金を取り上げられると思わなかった。」とこんな調子だ。温厚な義母のいつもと違った様子に、夫も、返したり、また預かったりの繰り返し。朝夕に「ない」ということで、宝探しをしなければならない。へんなとこから出てきても、「誰がそんなとこにやったのか」とこんな調子だ。
そのうちに、「おもちをとられた」?????やってられない!!という気になって、御正月は山へ逃げ出した。「わかっていても、盗人呼ばわりされれば腹もたつ~、しかし、なんでやたらなとこに貴重品を隠すようになったのか、そっちのほうが不思議だ。
それでも、義母は身の回りのことはなんとかできる。トイレもOK、促せば美容院へも行ける。デイサービスへ行ってくれたのを見届けて、「まあいいいか」の毎日だ。